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日本数学会

日本数学会理事会声明 -- 東日本大震災に際して

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日本数学会理事会声明--東日本大震災に際して

2011年6月12日

 今年3月11日に東北・関東を襲った地震と津波は甚大な被害をもたらし、多くの尊い人命が失われました。引き続いて起こった原子力発電所の事故は、大量の放射性物質を環境中に放出して、周辺地域の住民の方々の生活を根底から破壊したばかりか、いまだ収束の見通しさえ立たない深刻な事態が続いています。このような事態を未然に防げず、将来の世代に大きな負の遺産を引き継ぐことになってしまったことは、科学者として、そして市民として、まさに痛恨の極みであります。

 原子力に限らず、科学技術一般に関係する政策の適切な立案と遂行が、国民生活に与える影響の大きさを、私たちはあらためて深く認識させられました。これほどまでの大きな犠牲を強いてしまった失敗の中から、今後に活かすべき教訓を私たちは学びとらなくてはなりません。私たち数学者がもっている専門的知識は数学に限られるにせよ、それでも科学者の一員として、科学技術政策への数学者の関わり方は十分であったか、そして数学者として今後貢献できることは何かを、私たちは真摯に自問していこうと思います。

 科学技術政策に関する意思決定の場において、狭い意味の専門家から意見を聴取するだけではなく、専門外の科学者をも交えて議論することは、専門家が囚われがちな先入観から自由な視点を提供できる点で、大きな意味があります。同時に、正しい知識と判断力に基づき、市民としての良心に照らして恥じない意見を表明することは、科学者一人一人の責務でもあります。

 しかしながら、このような幅広い議論を可能とし、また政府そして国民一人一人が科学技術について適切な判断を下していくためには、前提条件として十分な情報が必要です。限られた一部の専門家だけが情報を占有し、あらかじめ定められた結論に都合のよい情報だけが公開されるということがあっては、適切な判断はできません。正確で偏りのない情報を、迅速かつ広汎に公開するシステムの構築が急務であると考えます。

 絶対安全という神話を作り上げ、マニュアルにはない事態に的確に対応できない状況を招いたことは、科学技術に対する国民の信頼を大きく揺るがしています。たとえごく稀にしか起こらない現象であっても、確率論的な視点からその危険性を適切に評価し十分な検討を加えること、検討に基づき異常事態への対策をたてた上で危機管理に臨むことを、強く求めます。

 正確な検証がなされる前から「想定外」ということばが安易に使われたことも、信頼を大きく損ないました。事故の原因と経過、環境への影響、対応策の適切性について、科学的な視点から迅速かつ徹底的な調査と評価を行い、その結果を共有情報として広く公開することを求めます。科学的客観性を担保するために、こうした調査と評価は、法的経済的責任追及とは切り離し、別個に行うべきです。

 科学技術政策の策定に責任をもつ立法や行政担当者が、科学技術について主体的、合理的に判断できる能力をもつことは、極めて重要です。国政や地方自治に携わる人なら誰でも、科学の基礎的素養と数学的な思考力を身に付ける必要があることを、改めて強調したいと思います。また一般の国民についても、その一人一人が科学について正確な知識と理解力、判断力をもつことができれば、風評被害といった無用な混乱が生じることもなく、国民の不安を口実とした情報操作も不可能になります。こうした理解や判断力の基盤となるものは、小学校の算数・理科にはじまり、大学そして生涯にわたって続く科学、数学の教育であります。

 数学はともすれば与えられた問題を解くだけの手段と誤解されがちですが、数学教育の大きな目標は、数量・形態とその変化に対する感覚を養い、論理的な思考力を身につけるところにあります。また数学は、答えがひとつしかない問題を扱うばかりではなく、確率論的な考え方によって、災害や事故のような、不確実性を伴う危険の評価にも役立ちます。数学教育に携わるものとして、私たち数学者は、国民が数学的な見方を活かしつつ合理的判断ができるよう、あらためて力を注いでまいります。

 数学者にとっては、専門家として数学の研究にあたることが最大の務めであることはいうまでもありませんが、社会の一員としての思いを新たに、教育活動や政策提言においても積極的に責任を果たしていくことを決意するものであります。

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