日本数学会

広報委員会

2004年度春季日本数学会記者会見について

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筑波大学における2004年度年会に先立ち、定例の記者会見を行いました。 記者会見で行なったおもな発表は
  1. 数学会賞と代数学賞の発表とその業績について
  2. 数学会名誉会員について
  3. 数学会声明(専門雑誌の重要性について)
  4. 春季年会について
  5. 数学会による数学出前授業について
です。

1.数学会賞と代数学賞の発表とその業績について

2004数学会春季賞

2004年度日本数学会賞春季賞
熊谷 隆氏(京都大学数理解析研究所助教授)
業績の題目:「フラクタル上の確率過程の研究」

熊谷 隆氏「フラクタル上の確率過程の研究」業績紹介

 フラクタルの幾何学的性質の研究は、古くから行われており、特に1960年代から盛 んになった。一方、フラクタルの解析的な性質については、物理学者らが興味を持っ ていたが、本格的な数学的研究は1980年代に始まり、自己相似フラクタルの上に自己 相似な拡散過程を構成することが最初に試みられた。この拡散過程は後にユークリッ ド空間との類推からブラウン運動と呼ばれ、その生成作用素はラプラシアン、その遷 移確率密度関数は熱核と呼ばれるようになった。まず、最も簡単なフラクタルである Sierpinski Gasket に対して、ブラウン運動・ラプラシアンの構成、熱核の挙動の研 究が、楠岡、木上、Barlow-Perkins らにより行われた。そのような中で熊谷氏はフ ラクタルの解析的研究に参入していった。
熊谷氏は、まず非対称な自己相似な拡散過程を Sierpinski Gasket の上に構成し た。さらに、より一般的な nested fractal と呼ばれるフラクタルの上で熱核の劣ガ ウス型評価を与え、熱核の短時間での大偏差原理をも与えた。また、統計的自己相似 性を持つランダムフラクタルの上のブラウン運動の構成を行い、その性質を研究し た。また、ブラウン運動に付随する Dirichlet 形式の定義域がBesov 空間であるこ とを示し、ユークリッド空間内にフラクタルの形状をした異質な媒質が存在している 場合に、対応する自然な拡散過程を構成した。このように、熊谷氏は、一般的かつよ り複雑な構造を持つ自己相似フラクタル上のブラウン運動に関して、多くの基本的な 性質を示した。
 完全な自己相似フラクタルの構造を持つ物理的対象物は、現実には存在し得ない。 フラクタルの解析的研究は、局所的には普通のユークリッド空間的構造を持つが、大 域的にはフラクタル的構造を持つ空間の解析的な性質を調べることを目的の1つとし ていた。幾何的に見て、大域的にフラクタルと見なせる空間においては、その解析的 な性質も大域的にはフラクタルと同じであろうという直観が、その研究の支えとなっ ていた。熊谷氏は先ず homogenization (均質化)が自己相似フラクタルで成り立つ ことを示し、その直観の1つの数学的正当化を行った。しかし、Homogenization は かなり強い仮定の下でしか成立しない。熊谷氏は、現在、幾人かの数学者と共に、全 く一般の空間において、緩やかな検証しやすい仮定の下に、放物型 Harnak 不等式や 熱核の評価などを導くという研究を行っており、既にいくつもの結果を得ている。こ れにより、特別な場合には、先に述べた直観は数学的に証明されたことになる。この 研究は現在も進行中であり、複雑な空間における大域解析の研究に大きな進展をもた らすと期待されている。

 以上のように、熊谷氏は、フラクタル上の確率過程の研究に大きな貢献をしたのみ ならず、フラクタルを含む一般の空間の上の大域解析に新たな見通しを与えつつあり ます。このように同氏の研究業績は顕著なものであり、2004年度日本数学会賞春 季賞を授与するにふさわしいものであります。

代数学賞2004

代数学賞2004
寺杣友秀氏(東京大学大学院数理科学研究科助教授)
業績の題目:周期積分と多重ゼータ値の研究

寺杣友秀氏「周期積分と多重ゼータ値の研究」業績紹介

 寺杣氏は,代数多様体のホッジ構造,さらにはモチーフの構造に広い意味で関連する多彩な研究を行ってこられました.とりわけ,周期積分を成分とする行列式を具体的にガンマ関数などを用いて表示する公式,周期積分として現れる超幾何関数の積公式など,古典的な楕円積分のルジャンドルの関係式,ガンマ関数についてのガウスの積公式の一般化と看做せる公式を様々な場合に証明されました.周期積分の行列式公式についてはのちに斎藤毅氏と共同で非常に一般的な公式を与えられています.斎藤氏のl(エル)進版の結果と共にこの結果のモチビックな類似も与えられており,その一つの応用として,ランク1のモチーフは代数的ヘッケ指標に付随したものであろうというドリーニュの予想を支持する結果を導いておられます.

 また,リーマンゼータ関数の正の整数点における値の一般化である多重ゼータ値についての研究も著しいものです.これについては,セルバーグ型の超幾何積分を冪変数でテーラー展開すると係数は多重ゼータ値で書けるという仕事をまずなされ,その後,多重ゼータ値がある相対(そうたい)コホモロジーの周期積分としてとらえられることを用いて,具体的な幾何学的対象を構成することにより,多重ゼータ値の生成する有理数体上のベクトル空間の次元の上限についてのザギエ予想を解決されました.この予想はこの分野での一つの懸案であったものです. さらに最近ドリーニュ氏との共同研究で,多重ゼータ値のアソシエーター関係式から二重シャッフル関係式を導くという著しい結果も証明されておられます.


2.数学会名誉会員について

名誉会員に関する規定(案)

2004年1月24日理事会決定
2004年3月28日評議会承認

  1. (理念) 日本数学会は、 長年日本数学会の活動に参加された方への感謝の意を表し、 高齢の会員に相応しい新しい参加の仕方として、名誉会員の制度を設ける。
  2. (資格) 名誉会員となるための資格は、 在会30年以上で年齢75歳以上の会員であることとする。
  3. (権利) 名誉会員は、 数学会における選挙権および被選挙権を持たないが、 一般会員と同様に数学会の会合に参加し講演などを行う権利を持つ。 また、名誉会員は会費を支払う義務を免除されるが、 「数学通信」および「会員名簿」を受け取る権利を持つ。
  4. (認定手続き) 第2項の資格を持つ会員が 名誉会員となることを希望する場合は、数学会の事務局に文書で申し込む。 申し込みを受けた場合は、理事会は本人の資格を確認し、 名誉会員であるとの認定書を送る(脚注: 雑誌「数学」などの購入手続きを書いた文書を同封する。)。
  5. (その他) 名誉会員は希望すれば正会員に戻ることができる。 正会員から名誉会員への移行、および正会員への復帰は年度単位で行う。 名誉会員には、数学会事務局から毎年1度 名誉会員の資格を継続することを希望するかどうかを聞く手紙を送り、 希望するとの返事があれば資格を継続する (脚注:連絡がない場合は再度返事を求める手紙を送り、 それでも返事がない場合は退会を希望すると見做して良いかを聞く手紙を送り、 それでも返事がなければ退会したものとする。)。
  6. (施行) 本規定は、平成16年4月1日から実施する。
  7. (付則) 平成16年度から名誉会員になることを希望する会員は、 平成16年6月30日までに連絡があれば、 年度始めから名誉会員となることができる。 ただしこの場合も、既に払い込まれた会費は返還しない。

3.数学会声明

日本数学会の会員の皆様へ

現在日本では少子化が進行しており、大学間競争が激化しています。 このため、各大学では大学間競争に勝つために 執行部の指導力を高めており、その結果、 共通経費が増加し末端の研究部門で使える予算が減っています。 他方、世界の専門誌などを扱う業界では寡占化が進んでおり、 雑誌出版を営利事業と位置付けた出版社も現れ、 専門誌の価格が高騰しています。 この様な原因により、 日本の数学教室の多くで雑誌の購入を減少せざるを得ない状況になり、 場合によっては財政的困難に陥っています (脚注:今回、日本数学会の理事会は日本の理学部または理工学部のある 国立大学において調査を行いましたが、 大半の大学において、雑誌の購入を極端に減らしたり、 財政的に苦慮しているいることが分かりました。 今号の数学通信における国立10大学数学教室連絡会の報告にも、 そのことが書かれています。)。

この様な状況を放置すれば、 日本の数学研究の水準は大幅に低下する可能性が高いと思います。 そこで日本数学会の理事会では、数学研究における雑誌の重要性を改めて訴え、 各大学で数学者が必要とする予算の獲得に努力すると共に、 複数大学で協力して雑誌を購入するなどの手段で、 日本における専門雑誌の閲覧の機会を確保することを訴えたいと考え、 以下の声明を作りました。

日本数学会 理事長 森田康夫


数学研究における雑誌の重要性について(案)

日本数学会 理事会

ニュートン力学は微分・積分学を使って記述され、 量子力学はヒルベルト空間上の作用素と確率の概念を使って表現される。 このように、数学は自然科学を記述するための言葉として至る所で使われている。 また、19世紀後半に作られたリーマン幾何学が 20世紀の始めに相対性理論に使われ、 20世紀の始めに数学の基礎を確立するために築かれた数学基礎論が 情報科学の基礎になっているように、科学に必要な概念は、 数学の世界において時代に先駆けて用意されることが多い。 現代社会においても、 コンピューター通信の安全を保障するために代数学の理論が使われ、 デリバティブを始めとするファイナンスの理論に確率論が使われている。

さて、自然数全体のなす集合すら現実の世界の中には存在しないように、 数学の世界は現実の世界を抽象化・理想化して得られる バーチャルな概念上の世界である。 数学の世界では幾つかの公理や定義から論理を使って結果を導くが、 どの公理や定義を取るかにより、 現実に非常に役立つ概念が得られることも、 役に立たない異常な概念が得られることもある。 実験を伴わない数学が人間社会に役立つのは、 先人の研究を参考にしながら、 数学者が実社会で役立つ公理や概念を選択しているからである。

数学者が自分の持っている数学的世界を 他の数学者に伝える手段としては、直接 話すか、 それとも雑誌や論文集などに論文を書くかの2手段がある。 しかし、自分と 同じ問題を考えている数学者に偶然により出会うことは稀であり、 殆んどの場合、数学の発見や進歩は、 問題意識を持った数学者が他の人が雑誌に発表した論文を読み、 他の数学者がどう考えているかを知ることにより得られる。

数学の論文では、その論文で証明された結果のみではなく、 理論を構成して行く過程や証明方法にも価値があり、 ある定理の証明を分析して新しい結果を得ることが非常に多い。 また、あるとき証明された数学の定理は永久に正しく、 そのため、数学の論文は長くその価値を持ち続け、 100年以上前の論文から引用することも稀ではない。

このように数学の雑誌は、 個々の数学者が作り上げた数学の世界を永遠に保存し、 他の数学者に伝える役割を持っており、 数学の研究では雑誌の重要性が非常に高い。 このため、数学者は必要な雑誌を手に入れるために最大限の努力をしており、 数学者が数学の雑誌に触れられなくなれば、 その数学者の研究に致命的なダメージが生じる。 今後、電子ジャーナル化など雑誌の発行形態の変更はあり得るだろうが、 研究成果を発表する雑誌の重要性が低下することは考え難い。

数学はその学問としての性格により、 他の研究分野より雑誌を必要とする度合いが高い。 数学における文献の重要性は、 実験科学における実験器具の重要性に相当するとも言える。 最近日本において、雑誌価格の高騰や各大学における共通経費の増加により、 数学の雑誌の購入が難しくなってきているが、 自然科学の基礎である数学の研究レベルを高く保ち、 ひいては科学と文化のレベルを高く保つためには、 数学者が雑誌に触れられる環境は守らねばならない。 このために数学者自身が努力することは当然であるが、 当事者の努力のみでは限界があり、 関係者の理解と支持を求めたい。


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最終更新日: 20 May 2004